排水溝に鍵を落として取れなくなっちゃった!

drainage_key絶望を味わう瞬間というのは人生において幾度かあるものです。こんなふうに書くと、なんだかとても大げさなイメージがありますが、実際にわたしが子供のころに遭遇したアクシデントは、いまだにわたしの心のなかで大きな絶望感として刻み込まれています。

わたしは子供のころは、日本はまさに高度経済成長期の真っただ中であり、親は共働きで「カギっ子」なんて言葉も登場していました。わたしも自宅のカギを持ち歩く子供であり、カギを失くさないよう、常に親から注意を受けていました。
鍵 なくした

いっぽうでわたしの住む実家は都市部とも田舎ともいえない微妙な地域であり、住宅街のすぐ裏に原生林があるかと思えば、都市部の主要なターミナルまで15分もかからないという環境でもありました。治安も良かったためか、学校帰りに遊んで帰って来る子供に目くじらをたてる親も少なかったように思います。ご近所はみな知り合いで、良い意味でのコミュニティーがありました。

その日も小学生のわたしは友だちと遊びながら、普通に歩けば30分程度の道のりを、一時間以上かけて帰宅していました。当時はまだ舗装されていない道路もたくさんあり、道の端には排水溝のフタが開いた状態で放置されていたりしたものです。もしも子供が落ちて死亡事故にでもなったら大問題だったでしょうが、当時はそれが当たり前でした。
拾得物検索システム—山形県ホームページ
遊んで帰る途中、わたしが首からかけていたカギが地面に落ち、勢余って蹴ってしまったそのカギは、フタの開いた排水溝へ吸い込まれていったのです。間に合うハズがないとわかっていながら、わたしはカギを追いかけました。排水溝のフタの前まできたとき、腕を掴んで止めてくれたのは近所のお兄さんでした。
カギを失くして親に怒られた記憶はあまりありません。それよりもあのときカギを失くしたとう絶望と、お兄さんがいなかったら今頃わたしはこの世にいなかったのではないかという恐怖が、いまでも強く思い出されます。

台湾桃園国際空港-Taiwan Taoyuan International Airport-遺失物の受領